時折、ふとした拍子に
昔の出来事が静かに立ち上がることがある。
忘れていたつもりでも、
あるいは忘れたと思い込んでいただけで、
記憶の底ではずっと呼吸をしていたのかもしれない。
若い頃の自分は、
大切なことほど言葉にしないまま、
結論だけを急いでしまう癖があった。
あの時代に戻れるとしても、
同じ選択をしてしまうかどうかは分からない。
ただ、今の自分であれば
もう少し丁寧に気持ちを扱えたのではないか、
そう思うことがある。
長い年月のあいだに、
人はそれぞれの生活に深く根を下ろし、
守るべきものを抱えながら生きている。
だからこそ、
過去の記憶が現在を揺らすような望み方はしたくない。
美しい時間は、美しいままであってほしい。
過去を所有したり、
答え合わせを求めたり、
何かを取り戻そうとする気持ちはない。
あの頃の記憶が、誰にとっても穏やかな光として
人生のどこかに残っていてくれるなら、
それだけで十分だ。
人生には、
再び交わることなどないと思っていた記憶が
ひそやかに温度を取り戻す瞬間がある。
それは後悔ではなく、
むしろ感謝に近い。
あの頃の誰かが、
その後の自分を静かに支えてくれていたのだと
遅れて気づくことがある。
この文章が、
特定の誰かに届くと思って書いているわけではない。
ただ、言葉にしなければ
自分の中で形にならない気持ちが
人にはいくつかあるようだ。
歳月を経てようやく言えるようになったことを、
ここに静かに置いておく。
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