「インド太平洋」という発想

――日本はなぜ、この言葉を手放さないのか

「インド太平洋」という言葉は、いまや当たり前のように使われている。
だが、この言葉が何を意味し、なぜ日本がこれほど重視しているのかを、
真正面から考える機会はあまり多くない。

結論を先に言えば、
インド太平洋とは、日本が世界をどう理解し、どこに自分の位置を置くかという“地図の描き替え”だと思う。


太平洋とインド洋は、もともと別の世界だった

長いあいだ、国際政治の地図は分かれていた。

  • 日本・中国・米国
    → 太平洋
  • 中東・南アジア・欧州
    → インド洋

日本の安全保障にとって重要なのは、
東アジアと太平洋であり、
インド洋は「遠い場所」だった。

エネルギーは中東から来るが、
その安全は「誰かが守っている」前提だった。


それが一つの空間として意識され始めた

しかし現実は、静かに変わった。

  • 中東から日本へ伸びるシーレーン
  • 中国の南シナ海進出
  • 中国・パキスタン連携による西方への出口
  • インド洋における軍事・経済プレゼンスの増大

これらを並べると、
太平洋とインド洋は、もはや別々に考えられない

日本にとって、

エネルギー、貿易、安全保障は
一本の線でつながった

それを言語化したのが、「インド太平洋」という枠組みだ。


「包囲」ではなく「配置」という発想

インド太平洋構想は、ときに
「中国包囲網」と説明される。

だが、日本の感覚は少し違う。

日本がやっているのは、

  • 誰かを締め上げること
  • 正面から対立軸を作ること

ではない。

むしろ、

力が集中しすぎないように、
重心を分散させる

という、極めて地政学的な調整だ。

その意味で、日本がインドを重視するのは自然だ。


なぜインドなのか

インドは、

  • 中国と国境を接する大国
  • インド洋の中心に位置する
  • 非同盟の伝統を持つ
  • 行動が読みにくい

つまり、

中国にとっても、米国にとっても、
完全には制御できない存在

この「重さ」と「不確定性」が、
戦略空間として極めて重要になる。

日本にとってインドは、

  • 同盟国ではない
  • しかし敵にもならない

ちょうどよい距離感で、空間を支える国だ。


米国の位置づけも変わった

ここで、米国の話を外すことはできない。

戦後の日本は、

  • 米国が前面に立つ家族モデル

の中で安全保障を考えてきた。

しかしいまは違う。

米国はいまも最大のプレーメーカーだが、
すべての地域で無制限に責任を引き受ける立場ではない。

だから日本は、

米国を司令塔(スタンドオフ)とする
ラグビーチームの一員

として、自分の役割を引き受け始めている。

インド太平洋とは、
そのチームが活動する競技場そのものだ。


なぜ日本はこの言葉を使い続けるのか

日本にとって「インド太平洋」は、

  • 流行語ではない
  • スローガンでもない

自分の安全保障を、過度な依存や対立に陥らせないための視角だ。

  • 世界は急に野蛮になったわけではない
  • ただ、相互依存に期待しすぎた前提が崩れた
  • そして、肩代わりしてくれていた力が相対的に後退した

その結果、日本は
「考えなくてよい国」ではいられなくなった。

インド太平洋という言葉は、
その現実を、できるだけ穏健に、
できるだけ構造的に受け止めるための装置だ。


まとめ

インド太平洋とは、

  • 世界を二分するための言葉ではない
  • 誰かを敵に指定する言葉でもない

日本が、自分の位置を見失わないための地図だ。

太平洋とインド洋が一つの空間としてつながった世界で、
日本は、
前に出すぎず、
引きこもりすぎず、
役割を分担する側に立とうとしている。

それが、
日本がこの言葉を手放さない理由だと思う。

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